小説 昼下がり 第九話『春爛漫(はるらんまん)』



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『春爛漫(はるらんまん)』 
         平原(ひらばる) 洋次郎
             (四十四)
 ―時は過ぎた。
 冬から春に気候が移り、何事もなく、
いつもの平安が啓一の日常生活と心を穏
やかにさせた。
 一九六〇年代、最後の年。
 道行く人は男女問わず、活気が漲(み
なぎ)っていた。
 日本経済を担う若者たちは、高度成長
に支えられ、前途洋々、希望に満ち溢れ
ていた。
 ―啓一も入社四年目。ようやく仕事の
「何か」が理解できるようになっていた。
 桜の開花ももうすぐー。
春の光に照らされた桜の蕾(つぼみ)が、
今か今かと花開く機会を窺(うかが)っ
ていた。
 今日は大阪本社へ出張。
 夕方六時より、大阪梅田に社を構える
本社での合同会議。
 つい先日、辞令を受け主任へ昇進。
 本来ならば、入社五年を経過しないと
対象外であるが、東京支店の宮前支店長
の計らいで、一年前倒しの就任。
 啓一にとっては否定するものではない。
 ちょっぴりの満足感を味わっていた。

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      (四十五)
 朝食を済ませ、のんびりと身支度をし
ている時だった。
 「啓ちゃん、あなた、大阪へ出張だっ
て? 夕べ、そういっていたわね。
 主任になったんだって。おめでとう」
 秋子の快活な声。
 「ところで、お昼はどうするの? お
にぎり作ってあげようか。
 支度終えたら、下りてらっしゃい」
 階下で秋子の声が弾(はず)む。
 啓一はバッグを抱え、食堂に下りた。
 秋子は洗い物の最中。
 「うぅん、大丈夫。お昼は新幹線の食
堂で、カレーを食べるから。
 時間もつぶせるしー」
 「あら、まぁ、新幹線の食堂って、い
つも人でいっぱいって云うわ。
 テレビでやってたわよ。おにぎり持っ
て行ってー。作ってあるから。
 その変わり、お土産忘れないでね」
 啓一は秋子に感謝の念を抱いた。
      (四十六)
 ―新大阪に降り立った啓一は、夕方ま
での時間を大阪見物に費やした。
 キヨスクで買った地図を片手に、銀ブ
ラよろしく、大阪ブラを味わった。

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 大阪城―通天閣―道頓堀とバッグ片手
に名所を見物。
 もうすぐー、来年は「大阪万博」。
 街は活気にあふれていた。
 ―入社式以来、久し振りの本社。
 合同役職会議では、社長の訓辞が際立
った。
 『上昇気流の折り、日本経済の潮流に
乗り遅れることなく一致団結し、子子孫
孫(ししそんそん)まで、この会社を継
続させ、次代に引き継ぐことを約束する。
 それには諸君の力を必要とする。
何事にも躊躇(ちゅうちょ)することな
かれ。躊躇(ためら)いは失敗を呼ぶ。
そして悔いを生む。
 果敢に攻めろ。攻めての失敗は、悔い
を超える。そして満足感を得る。
 君たちはどちらを選ぶかね? 無論、
後者の方だろう。
 安心したまえ、若き諸君。責任は個々
の部署の上司が取る。最終責任は社長で
ある私が取る。
 但しその場合、私の次の就職先は君た
ちが探してくれたまえー』
 一同、どっと笑った。
 東京出身の社長らしく、標準語の弁舌
に澱(よど)みがなかった。

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